末次庸介の経歴は?子供や妻はどんな人?のんべえ大学の場所はどこ?

「世界ナゼそこに日本人」でベルギーで本物の和食を広めたスゴ腕職人として

ベルギー在中の和食シェフ。末次庸介さんが紹介されます。

この方ベルギーの国民栄誉賞クラスの勲章を授与されるほどベルギー内では評価されている人物です。

そこで今回は末次庸介さんにスポットを当てのんべえ大学の場所や子供や妻にこれまでの経歴について調べてきました。

プロフィール

名前:末次 庸介(すえつぐ ようすけ)

出身地:東京

経歴

末次庸介さんは東京都生まれの方で母親も料理人であり、

「のんべえ大学」という名の料理屋を経営していました。

このお店は有名人が来店するときもあってあの石原慎太郎さんが来店することもあったそうです。

そんあ末次庸介さんがベルギーに渡ったのは1977年の時で

フランスパリで仕事をした後はまたしてもヨーロッパのイタリア・ミラノのオープニングスタッフとして1年半程度勤務します。

ベルギー勤務になったのは1977年の時で、赤坂の田川に勤務していた末次庸介さんはベルギーのブリュッセルの田川に転勤するこおtになります。

その時僅か29歳で調理長を担っていたそうです。

その当時のベルギーは日本食材を簡単に買うことが出来ず、魚や野菜といった食材をヨーロッパ中から集めて調理をしていました。

そのため田川の仲間達とともに日本食材を仕入れるための流通ルートを作るなど苦労されたこともあったそうです。

これによってベルギーでが日本食材を格段に入手しやすくなりました。

ブリュッセル田川に28年間勤務しますが、赤坂にある田川は有名ということもあり、

ブリュッセルの田川にもベルギーにやってくる総理や天皇陛下といった要人の方やベルギー王室の方も来店されることがあったそうです。

そんな方々の料理を作っていた中で印象深い出会いがあのHondaの創業者である本田宗一郎さんです。

本田宗一郎さんはベルギーへやって来る度に田川に来店しており、最後のベルギー滞在となったときは

もうベルギーに来れないから思うからと、一緒に写真を撮ったそうなのですがその時に感謝の言葉を貰ったそうです。

本田さんが亡くなられた後も、奥さんが店を訪れており、末次庸介さんのことを覚えていたそうで、それに感動したそうです。

のんべえ大学の場所は?これまでの受賞歴が凄い!

田川を退職後は、2007年に和食レストラン「のんべえ大学」を開店します。のんべぇ大学はあのお母さんから受け継いだ店名です。

実はお母さんが亡くなる3年前に「もう一度のんべぇ大学をやりたいね」と言い残していたそうで、これがのんべぇ大学の名を受け継ぐ理由となったそうです。

場所ブリュッセル大学の近くにあるそうで、夜の方は予約が一杯になるほど、繁盛にしているそうで、日本人の方も多く訪れています。

そんな末次さんがベルギーでの功績は大きく、2007年にはベルギーの雑誌で年間最優秀賞を受賞し

ベルギー国内が対象のレストランガイドでは最優秀アジア系レストランとして受賞されています。

更に国内の発展に貢献した人物に贈られるレオポルド2世勲章シュバリエを受賞されおり、

そこでは40年間ベルギーで活動し、ベルギーでの和食やフレンチの一流シェフを何人も育成した紹介されています。

弟子の一人である賀茂友康さんはクールジャパンアンバサダーも務めています。

本当に料理人として優れた方であることが伺えますね。

妻や子供は?

ベルギーに渡って40年以上経つ末次さんですが妻や子供はいます。

現在のお店のんべえ大学はご家族で切り盛りされているそうで、お子さんが小さい頃は休日に職場へ連れていき働く姿を見せていたそうです。

働く父親の姿は子供からしたら中々見られないので貴重な経験ですね。

お子さんは二人おり、1人が料理とサービス、もう1人は会計学を学んでいたそうで、週末にはお店手伝っていたそうです。

末次庸介さんの夢として母親から受け継いだこのお店を子供たちに伝えられたらと思っているので、

もしかしたらその内子供達がお店を受け継ぐかもしれませんね。

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